企業情報

代表挨拶

代表取締役社長 玉西陽二

有難うございます。マツヤ産業です。

大正13年(1924年)当社は創業者 玉西義雄のもとマツヤ熔工所として創業しました。
目的は、家族を養うためでした。

程なく、昭和の大恐慌が起き、当社も例外なく恐慌に見舞われ明日をも知れぬ日々となりました。
創業者は2週間で立て続けに幼子を二人無くしました。葬儀さえしてやれなかったと晩年まで悔いていました。
未来が見えない失意の中、会社とは何かを考え悩みました。

一筋の光が見えたのは、
“今ある全てのことに感謝する事の大切さ” そして
“世の中の『お役に立つ』ことこそ存在する意義であるということ”
に気付いた事でした。

信念に基づき、必死の想いでやりくりした創業者は大恐慌を乗り越え、
その会社は96年経った令和の今『マツヤ産業』として存在しています。

『有難うございます。マツヤ産業です』
『今日も1日出来るだけ多くの人のお役にたちますように』
は、私たちの最も重要な企業アイデンティティそのものを表す言葉となりました。
当社は、毎朝全員で唱和して1日を始めます。

創業から96年を迎える今期、第7代社長に就任する事となりました。
私は冒頭の創業者が永眠した2年後、この世に生を受けたひ孫にあたる子孫です。

当社はこれまで、日本が誇るものづくりを陰ながら支えるサプライヤ事業として継続して参りました。
熔接業に始まり、ガス・熔材の販売・続いて継手・産業機器販売と配管部品加工、最近では製缶・加工品や装置組立事業など商社事業から加工事業までお客様のご期待に沿って事業を拡大しております。

ほんの20年ほど前まで、私たちのような小さな商社の大事な仕事は"情報屋"でした。
しかし今 情報は誰でも簡単にタダで手に入る時代になりました。

そんな時代に果たして商社は必要なのでしょうか?

少なくとも私は『必要』であると信じたいと思います。
但し、"情報屋"では無く"つなぎ屋"として…。

情報を一番に見つけて、後続者への情報を制限するというビジネスモデル
渡す情報を小出しにして、自分の存在意義を価値にするビジネスモデル
これらはとうの昔に終焉いたしました。

しかし“つなぐ”という仕事は、人が存在する限り求められ続ける仕事です。

コミュニケーションが苦手という人が、自宅でSNSやオンラインゲームに没頭しているという話はよく聞きます。
人は本質的につながることに喜びを感じ、幸せを感じているのだと考えています。

私たちの携わる仕事は、『つなぎ』そのものです。加工品事業では、物理的に『動き』や『モノ』をつなぐ仕事であり、商社事業は『人』をつなぐ仕事です。
『つなぐ』ことは喜びであり、価値そのものであると考えています。

今後もビジネスを通して様々な事に価値ある『つなぎ』を提供する事が、社会のお役に立ち、1人でも多くの人の幸せのお手伝いになると信じています。

代表取締役社長 玉西 陽二

経営方針

当社はお客さまによろこんでもらうために存在します。
「有難うございます。マツヤ産業です。」は当社のキャッチフレーズです。

「今日も一日出来るだけ多くの人のお役に立ちますように」こう強く願いながら、
大正13 年創業以来「お客さまの役に立つ」ことの一点をいつもみつめ、
「信用と誠実」をモットーに経営しております。

経営並びに品質方針

全顧客に対し
(1)「安全」な商品を提供し
(2)「安心」な商品を買って頂き
(3)「お役に立つ」商品を供給する

マツヤ産業株式会社 役員一同

マツヤ産業株式会社 役員一同

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